へなチキワークス

無い物は造ればいい! へなちょこでチキチキなDIYや自転車や楽器、バイクなどの趣味や日々の出来事

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【僕のプロフィール】神奈川県藤沢市からブログを発信しています

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早朝サイクリング中のワタクシ

おはこんばんちわ!

思い付いたらやらずにはいられない! 衝動の権化ことみやなー。です。

このブログ「へなチキワークス」を運営する僕のプロフィールを紹介します。

 

生い立ち

1982年6月生まれ。

神奈川県藤沢市生まれの藤沢市育ち。

家族構成は元エンジニアの父と個性的な母、優秀な兄2人、そして入れ替わり立ち代りの猫が何匹か。

 

ミニ四駆とプラモデルに明け暮れた小学生~中学生

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タミヤ ビッグウィッグJr.

初めてのミニ四駆は「ビッグウィッグ」でした。そしてこれがひつじ。の人生が狂いはじめた瞬間。そう、僕もまた、ミニ四駆に踊らされた被害者の1人に過ぎないのさ。(タミヤさんごめんなさい)

その後プラモデルに目覚め、物を造る楽しみを知ったのでした。

 

工業高校に入学、ヤンキーか?オタクか?

地味な中学生生活を経て入学したのは県内の底辺工業高校!

工業高校といえばヤンキーかオタク!

明日はどっちだ!?

 

まぁ当時すでにマンガに出てくるようなバリバリのヤンキーなんてほとんどいなかった訳で、そもそもヤンキーになれるほどの度胸もなく、しかしオタク的に何かを極めるでもなく、地味なオタク未満高校生へと進化しただけでしたとさ。

 

ちなみに部活は「模型部」。

授業の一環でカブのエンジンを使って車を作り、1ℓのガソリンで何キロ走れるかを競う「エコラン」に出場したのは良い思い出。結果は走行中のチェーン脱落でリタイヤ。

 

プラモデルからラジコンへ

アルバイトをしてお小遣いが増えたので、念願のラジコンを購入!

当時ラジコンといえばタミヤの高級キットか「タイヨーのホバークラフト」!

 

ホバークラフトも欲しかったけど、タミヤの「グラスホッパーⅡ」を購入し、RC(ラジオコントロール)ライフがスタートしたのです。

友達も「ブーメラン」や「マンタレイ」などのタミヤ製バギーが多かった。

 

ちなみに好きなテレビ番組は「タミヤRCカーグランプリ」と「所さんの目がテン」。

 

プレス部品製造会社へ。 今で言うブラック企業

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プレス工場(イメージ)

地味な高校生活を経て就職したのはプレス成形の自動車部品を作る会社でした。

プレスとは新聞とかのメディアの事ではなく、鉄板を凸凹の付いた上下の型でがしゃんと挟んで形を作る工法のこと。

主に自動車のボディパネルなどを作ります。

 

日産の下請け会社だったので、フェアレディZのボディ部品を扱ったり、なかなか貴重な経験ができました。

しかし何より貴重だったのは、旋盤やフライス盤などの工作機械の扱いや、色々な資格が取得できたことでした。

 

ちなみにこの会社の営業部は超優秀で、

自社で処理できる10倍の仕事量をゲットできたため、慌てて国内外へ工場を作る事になり、連日深夜までの作業が続き、ヘトヘトになりながらも割と充実した毎日でした。

受けた仕事を「できない」とは言えないからやるっきゃナイト!

 

バイクなんて興味なかったはずなのに…、くやしい…!

今でこそバイク好きですが、昔はバイクにはあまり興味はなく、クルマの方が好きでした。

スカイラインとかスープラとかランエボとか。

 

しかし周りの友達は大なり小なりバイクに乗り始めるお年頃…!

何となくバイクには乗らん!と思っていたものの、私有地で友達の原付(ホンダCRM50)に乗らせてもらったらもうダメ。

自転車とは異次元の開放感とどこまでも行ける感覚に一瞬でノックアウトされてしまったのでした。

 

NSの衝撃 400と250

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かつて所有していたNS400R

紆余曲折を経てバイクデビューしたワタクシ。

横浜市のとあるバイク用品店で放映されていた1983年のWGPに強い衝撃を受けたのでした。

 

そう、そこに写っていたのはトリコロールカラーも鮮やかなゼッケン3。

今なお語られる伝説のドッグファイト、「キング」ことケニーロバーツと死闘を繰り広げる、ホンダNS500を駆る若き天才フレディ・スペンサーでした。

 

ちょうど原付から単車へと人生の階段をステップアップすることを夢見ていた若者(僕です)は即座に購入するバイクを決めたのでした。

そのバイクとはホンダNS400R

 

このバイクチョイスによって、良くも悪くもバイクの天国と地獄を味わうことになるのです。

故障の多い400から、400と共通部品の多い250に乗り換えたものの、やはり古いバイクの乗ったり直したりの苦労の日々が続くのでした(今思うとたいしたことなかったけど)。

 

我が友 SRV250

NSの故障に疲れ、ふらっと立ち寄った平塚市の某ジャンク屋さんで、1台のバイクと出会いました。

英国風のジェントルな車体に空冷V型エンジンを積んだそのバイク印象は

「気持ちわるっ!」

でした。(ファンのひとごめんなさい。今ではファンですよ)

 

それからしばらくして、ヤフオクで見かけたSRV

気付いたら落札していました。

速くはないけど乗りやすい、そんなSRVをすっかり好きになってしまったのでした。

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購入当初のSRV250

 

転がり落ちる人生?  そして人生を変える運命の出会い

職場は雰囲気も悪くないし、残業分の給料もちゃんと出るけど、とてつもなく忙しく、ふと気が付けば体中ボロボロに。

知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたらしく、そこからあっという間に体調を崩し、ついに退職することに。

 

退職したら割と早めに回復したので、今度は建築系の仕事がしたくて、とりあえず平塚市の派遣屋さんへ。

いわゆる日雇いバイトの派遣でしたが、たくさんの貴重な経験ができました。

物を造るのが好きだったので、建物を壊す「解体」は苦痛を伴う仕事でしたが、次の建物を造るための事なので頑張りました。

 

いつしか建物の土台を造る「基礎屋さん」から継続して呼んでもらえるようになり、うちに来ないかと誘われましたが、やっぱり工業系の仕事がしたくて断腸の思いで断ったのでした。

 

その後なぜか警官の兄の勧めで神奈川県警と警視庁の試験を受けてみましたが、どちらも1次は受かるも2次で受からず。

今思えば警官には向いてなかったと思うけど、当時はそれなりへこんでいたのでした。

 

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まるで絵に描いたような教会のイメージ


そんな時に友達に誘われて、キリスト教の教会のイベントへと行ってみました。

キリスト教には大きく分けて、厳格なカトリックと割と自由なプロテスタントがあり、その教会はプロテスタントでした。

 

一見教会に見えない教会と、一見牧師に見えない牧師(カトリックは「神父」、プロテスタントは「牧師」と呼ばれる人がいます)に出会ったことは運命的な出来事でした。

そして運命の人ともこの教会で出会うのです。

 

棚ぼた的祝福。思わぬ話にびっくり

当時警察の試験に落ちてそれなりにしょぼくれていました。

それを見かねてか、教会に通っていた人がうちで働いてみないかと声をかけてくれました。

 

その人はなんと某航空機部品メーカーの部長さんで、出入りの派遣会社を紹介してくれ、さらにいずれ正社員に、との約束をしてくれたのです。

その会社はかなりハードルの高い会社でしたが、派遣から正社員になることができ、現在もこの会社に務めています。

 

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がんばって働いています(イメージ)


もしあなたが旅行や出張で飛行機に乗ったら、その飛行機に使われている部品は僕が作ったものかも知れません。

も、もちろんちゃんと作ってますよ!

 

僕の中の全米が拍手喝采してる!

何となくですがキリスト教の教会は女子率が高い気がします。

イベント事の多い教会だったので、若手は必然的に駆り出されます。

そしててんやわんやと、協力してイベントの準備などをするわけです。

 

そしてついに多感なオトシゴロな僕にも気になるあの子が!

しかしなんとその子には婚約者がいるとのこと。

失意に沈む日々でしたがやはり諦めきれずに悶々としていたところ、あの子の婚約者が遠くへ転勤に!

 

しかし地元を離れたくないあの子。

そこに乗じる僕!

卑怯とか、横恋慕とか言われるのは百も承知、一世一代のアタックは見事に成功し、彼女いない歴25年の歴史に幕が降りたのでした。

 

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一世一代の瞬間(イメージ)


今でもあの時の僕にこう言いたい。

グッジョブ!!

 

まさか息子が…! 友との別れ しかし幸せな人生

好きなあの子と結婚し、一生の思い出になるような最高の結婚式も挙げ、まさにハッピーの連続でした。

そして次は当然こうなるわけです。

「子供を作ろう」と。

 

綿密に家族計画を立て、若干不安はあったもののあっさりヒット!

しかし予定日まで2週間となったある日。

担当の医師はこう言ったのです。

「赤ちゃんが育っていません」

一気に青ざめる僕たち夫婦。

 

しかしその医師はベテランで曲者でした。

「…ですから早めに出しちゃいましょう、スポーンと。」

スポーン?

 

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保育器の中の息子(イメージ)


担当医の先生の適切な判断で市民病院へと転院し、1620gの未熟児でしたが無事に出産。

2ヶ月間の保育器生活の後、息子は無事に退院できたのです。

 

そして退院した日の夜、僕は人生の一大決心したのでした。

「バイクを降りる」

 

子供も生まれ、これから大変だという時にバイクで何かあってはいけない、せめて息子が大きくなるまではバイクを降りようと決心し、我が友SRV(その割にはボロボロだったけど)を手放したのでした。

 

それを聞いた嫁さんは涙ながらに「あなた、ありがとう!」と言う訳でもなく、

「バイク売ったの?別に良かったのに。」

大丈夫!

1ヶ月位で立ち直りましたよ!

 

その後なんと家を建てることもでき、僕にはできすぎの人生を歩んでいます。

心の中の小さなしこりが少しずつ大きくなりながら…。

 

湧き上がる疑問。これでいいのか僕の人生!?

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思い悩む・・・(イメージ)

自分史上最高の、自分でもびっくりするほどの幸せな人生。

素敵な嫁さん、順調な仕事、元気でかわいい息子、素晴らしい我が家。

 

何不自由のない暮らしに文句のあるはずもなく、しかし心の中のモヤモヤしたものは大きくなるばかり。

このモヤモヤの正体は…?

 

そう、失ってはじめて気付く、かつて「自分の1部」だったもの。

もはやただの移動手段ではない、それはまさに人生のパートナー!

すみません、トシ取るとクサいことも平気で言えるようになるんです。

そんなわけで、失った「青春」を取り戻すべく、もぞもぞ活動をスタートするのでした。

 

甦れ青春! もう一度バイク乗りに!

もう一度バイクに乗るべく活動を始めます。

当然目指すはSRV

と言いたい所ですが、ようく考えたんです。

 

確かにSRVは素晴らしいバイクでした。

乗ってよし、いじってよし。

しかし、しかし、NSに乗っていた時は心が燃えたのです。

あの青春のキラメキをもう一度!

そんなわけで、NS250に再び乗るべく頑張ります!

 

あ、でもNS1台だけってのはムリ!

普段の足に丈夫で経済的なバイクが欲しいよぅ。

我ながら情けない話ですが、まずは愛すべき「おっさんバイク」ホンダCD125を手に入れるのだ!

しかし実はスズキのK125も気になるぞ・・・!

優等生のホンダか、ユニークなスズキがこころが揺れるのでした。

 

それからNS、そしていつかはGL1500!

大型免許もないのに妄想に浸りますが、夢の現実に向けて日々ゆるーく頑張っています。

今後の活動報告に乞うご期待!

 

 

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